こんにちは。

陽万里です。



このブログは

本当の自分がわからない



といった漠然とした

無価値感や不安感や焦燥感を抱えた方に向けて書いたものになります。



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では、本日のブログをどうぞ!





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私の同僚にSちゃんという女性がいる。

Sちゃんは、いわゆるキャラがたっているというか、ゆるキャラ的な可愛らしさがある女性です。

愛嬌があって、なんだかちょっと、周りにいじられてキャラがたっている女芸人のような面白さがある人なんですね。

特に、容姿がいいわけでも無いんですが、なんだか可愛らしさを感じる人です。

会社の人も、Sちゃんをマスコット的にいじったりしながら、Sちゃんとのコミュニケーションをとっている感じがします。

そうして、そんなSちゃんを楽し気に周囲の人間はみている。

もちろん、私も、その周囲の人間のうちの一人です。

でも、

Sちゃんが、みんなに愛されているかというと、

もちろんそんなことはありません。

まあ、単純に好きではないという人もいますしね。

これは、もう、仕方のないことですよね。

どうにもならない。

嫌いなものを好きになることはできないし、できなくてもいい。

それは、

まずいと思っているものを美味しいと思えというくらい無理な話ですしね。

人間関係ですもの。

そういうことだってある。

でも、

別の同僚なんかは

「なんか、Sちゃん見てると、触ったらダメな犬を見ている気持ちになる」

というのです。

全く、ひどいいい分ですよね。

さすがに、それは無いんじゃないの、と思ってはいるんですが、

でも、正直、わかるんだな。

上手い表現だな、と思っている私がいる。

ようは、

Sちゃんは”かまってちゃん”なところがある女性なんですね。

それも、かなり強いかんじの”かまってちゃん”を感じる。

きっと、私や同僚は、この”かまってちゃん”の要素が強い人を、苦手に思ってしまうタイプの人なんでしょう。

でも、

Sちゃん自身は、見た感じは別に陰湿な性格もしていないし

人を積極的に落としいれようなんてことは全然しない人です。

だから、まあいい子なんですよね。

私も全然嫌いじゃありませんしね。

同僚だって、Sちゃんの悪口をいっているわけでも無い。

むしろ、同僚なんてSちゃんを普段は可愛いとさえ思っているのです。

ただ、

うかつに、ちょっと近づいたら、べったりとしてくるんだろうと思ってしまうのです。

例えるのなら

こちらが玄関しか開けてないのに、リビングまで上がってくるような感じがしてしまうのです。

そうして、

リビングでずっと長居しそうな気がするのです。

ようは、

親密ということと馴れ馴れしいをごっちゃにしやすい人ってイメージがあるんですよね。

うーん、

もう少し正確に言いますと

親密な感じにふるまえば、

実際に親密になれると思っている感じかな。

仲良くふるまったら

実際に仲良くなれるみたいな感じ。

でも、

実際はそうじゃないですよね。

親密も仲が良いも”ふるまったから”そうなるわけではないですよね。

だから、

かまってもらえたから、仲良くなるというのは違う気がするんですよね。

でも、そこらへんがSちゃんに通じるのかがわからない…

では、

なぜ、かまってちゃんは人にかまわれたいのでしょうか?

きっと、それは

人から可愛がられることでいろいろと安心したいんじゃないのかな。

そうして

可愛がられている自分のことが自分で大好きなんじゃないのかな。

まあね、気持ちはわからないでもないです。

なんせ、私も承認欲求に振り回されたことのある人間ですから、

気持ちはなんとなくわかります。

でもね、

私や同僚以外にも世の中には”かまってちゃん”が苦手な人も正直いると思います。

私も、Sちゃんのことは

愛嬌もあって可愛らしいし

嫌いじゃないし

悪い子じゃないと思っているのに

”距離を縮めたくない”と感じてしまうのです。

でも、

これって、別にSちゃんが悪いわけでも何でもないんですよね。

きっと、世の中には、Sちゃん以外にも

”かまってちゃん”や”かまってくん”がいるとは思いますし、実際に私の周りにも何人かいますけれど

その人たちみんなが嫌われているわけでも無いですし、友達の多い人もいっぱいいますし、人望だってある人も多いですしね。

だから、

別に、”かまってちゃん”や”かまってくん”という人たちが、物凄く悪いことでも何でもないんでしょう。

世の中には、”かまってちゃん”や”かまってくん”を気にしない人もたくさんいるんだと思いますし、

もしかしたら、

自分の中にある、”かまってちゃん”や”かまってくん”の要素を見つけて、許しあえる関係だってあるのかもしれない。

ようは、

作り上げる人間関係の中で問題が無かったらそれでいいんですよね。

そうして、

人によって問題となる要素はきっと違うはずなんでしょうね。

何故なら、

みんな心が違うから。

だから、Sちゃんの場合、

ただ、私が”距離を縮めたくない”と感じてしまうだけの話にすぎないんです。

Sちゃんは全く悪くはないんだと思います。

もちろん、

世の中、本気の嫌い、本気の無理で、距離を取っている場合も人間関係ではよくある話ですが

嫌いじゃないけど、悪い人じゃないのは知ってるけど、

”距離を縮めたくない”

と思ってしまう。

こういう場合も、きっと多いのではないでしょうか。

もしかしたら

距離を近くしたら、もっといいところが見えて、もっと好きになるかもしれないという可能性もあるんだろうけど

それさえも、べつにどうだっていいと思っている。

目の前にいる人が

嫌いじゃないし

悪い人じゃないと思っているのに

”距離を縮めたくない”

と私の身体が反応してしまう。

だから、

心の距離が埋まらないし、埋めるつもりにもなれない。

なんでだろう?

たぶん、

人間関係における嫌いなものが似ていないからじゃないからなんじゃないのかな?

長くなりそうなので続きは次回へ






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【自分探しばかりをしているあなたへ】




最後までお読み下さいありがとうございます。

あらためまして陽万里です。

このブログは、




◆自分が何者なのかわからない

◆無価値感が強い

◆承認欲求が強い

◆人の目が気になる

◆勝ち負けばかり気にしてしまう




といった、”自分”というものに囚われてしまっている方に向けたブログになります。




かくいう私自身も、かつては上記と同じような心の状態の人間でした。

きっかけは、いじめでした。




学生時代に受けた、いじめは、

”価値のない人間”というの烙印を私に押しつけました。

あの日以来、”価値のある自分”を取り戻すために

私は必死に自分を追いかけだしたのだと思います。




自分らしく生きる、

本当の自分を手にする、

あるがままの私を生きる。




そんな巷に溢れかえっている”自分探し”のうたい文句に翻弄されながら。。。




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