こんにちは。

陽万里です。



このブログは

本当の自分がわからない



といった漠然とした

無価値感や不安感や焦燥感を抱えた方に向けて書いたものになります。



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では、本日のブログをどうぞ!





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私の職場にいる男性社員でHくんという人がいる。

Hくんは同期で入社したNくんを面白くなく思ってるらしい。

H君の口から、よくNくんを揶揄す言葉をきかせれる。

私は、H君の話を聞いていて

”それ、どうでもいいんじゃない”

”あんたには、一切関係が無いんじゃない”

”ただの、同僚って割り切ってしまえばいいだけなんじゃないの”

”全部、あんたが、からむから余計な問題ばかりがおこるんじゃないのって”

と、何度思ったかわからない。

ただ、このH君のネガティブな感情に何が含まれているんだろう

と思ったとき、

”嫉妬心”が含まれているんじゃないのかと思った。

 

嫉妬 ひがみ ねたみ そねみ

こういった感情はしんどい。

そうして、ものすごく面倒くさい。

私自身も、うんと若いころはこの嫉妬心に何度振り回され苦しかったけれど

今は、以前に比べるとそうでもない気がする。

なんだか、嫉妬心にかられても

あんまり長引かない

だから、以前に比べると、心も落ち着いていると思う。

嫉妬のエネルギーというのは強い

物凄く強い 

人をも殺せるくらい強い

実際に嫉妬心にかられて事件を起こす人だっている

でも、多くの人が起こさない

なぜなら、

”冷静なとき”もきちんとあるからなんだと思う

最近よく思うことなんだけれども

私が、”いいなあ”と思える人は

この”冷静なとき”の過ごし方が上手い人なんじゃないのかなあと思っている。

私は、人間である以上

ポジティブな感情だけで人は生きていないと思っています。

必ず、人にはネガティブな感情というものがあるんだと思う。

そんな中で、嫉妬心というものは物凄く厄介だと思う。

なぜなら、

”支配欲”が生まれるから。

人が人を支配しないとやってられない精神状態になるから。

結局は嫉妬心が長引く人って

自分自身に対しても他人に対しても”執着心”が強いんだと思う

自分自身や他人を”知る”ということに囚われすぎなんだと思う。

じゃあ、なんで”知る”ということに囚われしまうのかというと

自分に自信が無いからなんじゃないのかな

不安で不安で仕方が無いからなんじゃないのかな

自分で自分がわからないからなんじゃないのかな

だから

自分に自信が欲しいがために

必死に、自分を知ろうとしたり

上手くいっている他人を知ろうとしたり

するんじゃないのかな

その結果、

どんどん自分にも他人にも”執着”していくんだと思う。

どんどん”自意識が過剰”になっていくんだと思う。

でも、その”やり方”がちがうんだと思う。

そうじゃなくて

”知る”じゃなくて”視る”なんじゃないのかな

”見る”じゃなくて”視る”なんじゃないのかな

きっと、私が、”いいなあ”と思える人は

それが出来る人なんだと思う。

嫉妬心やネガティブな感情に支配されたときに

ただ単に、感情を言語化して”知る”のではなく

”冷静なとき”に感情を”視る”ことをしている人。

その繰り返しが

自分という人間の輪郭がぼんやりと見えてくることにつながるんだと思う。
 






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【自分探しばかりをしているあなたへ】




最後までお読み下さいありがとうございます。

あらためまして陽万里です。

このブログは、




◆自分が何者なのかわからない

◆無価値感が強い

◆承認欲求が強い

◆人の目が気になる

◆勝ち負けばかり気にしてしまう




といった、”自分”というものに囚われてしまっている方に向けたブログになります。




かくいう私自身も、かつては上記と同じような心の状態の人間でした。

きっかけは、いじめでした。




学生時代に受けた、いじめは、

”価値のない人間”というの烙印を私に押しつけました。

あの日以来、”価値のある自分”を取り戻すために

私は必死に自分を追いかけだしたのだと思います。




自分らしく生きる、

本当の自分を手にする、

あるがままの私を生きる。




そんな巷に溢れかえっている”自分探し”のうたい文句に翻弄されながら。。。




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