こんにちは。

陽万里です。



このブログは

本当の自分がわからない



といった漠然とした

無価値感や不安感や焦燥感を抱えた方に向けて書いたものになります。



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では、本日のブログをどうぞ!





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私自身、自分自身や人間関係がわからなくなったりで

長い間、悩まされたように思います。

最初は、なんで、こんなに苦しいのか本当によく分からなかった。

でも、ある時から私は自分の感情を”視る”ことをしていったんだと思う

そのことを、ずっとずっと繰り返したんだと思う。

そうして、この経験が、自分に還ることにつながったんだと思う。


私に限らず、自分自身や人間関係がわからなくなる人って多いように思います。

最近でこそ、心の悩みのジャンルがいろいろと開発されてきていますが

私が悩みに悩んでいたことは、今のように”自己啓発”なんてなかったから

”私の感性によく合った”小説を読んだり、エッセイを読んだりしながら、

少しずつ、自分の心を”視る”ことをしていったんだと思います。

では、結局、人は何故こんなにも悩むんだろうと考えたとき

やっぱり、ネガティブな感情に支配されるからなんでしょうね。

だって、ずーっとポジティブな感情でしたら、悩んだりしないと思いますしね。

そう考えると、自分自身や人間関係がわからなくなることから、抜け出すには

無理やりポジティブじゃなくて

ネガティブを”視る”ことが大切なんじゃないのかなと思うのです。

それは

黒いものの上に無理やり必死に白いものを覆いかぶせるよりも

黒いものをつくっているものを”視る”ことなんだと思う。

ただ、この”視る”っていう感覚が難しいといえば難しいんだと思う。

例えば、トマトを見て、野菜だとか、赤いだとか、丸いといった感じの物の見方じゃ難しい。

ようは、物の見方が荒いと”視る”ということはかなり難しいくなってくるんだと思う。

嫉妬心に例えると

嫉妬心にかられているのに

”嫉妬なんかしていない”

”自分の言い分は正しい”

と思うのは全く違うし

嫉妬心を単なる投影だと思うのも

それはそれで疑問にも思う。

もちろん、投影のときもあるとは思う。

彼女のようになりたい

彼のようになりたい

といった気持ちから嫉妬をすることもあるとは思う。

でも、それだけでもない気がする。

感情には

わかりやすい感情のときもあれば

いろんなものが詰まってる感情のときもある

だから

自分の気持ちを”視る”ときには

いろんな角度から見て

何に一番気持ちが動かされているのかを”視る”ことが大切なような気がする。

もしも

嫉妬の相手が、違う人なら同じ条件でも同じように嫉妬したのか

だとか

わかりやすい目に見える、その人の成功自体が羨ましいのか

だとか

目には見えないけれど、なんだか、その人自身のあり方が羨ましいのか

だとか

それとも、単なる目につくといった、しょーもないライバル心なのか

結局は

その人を羨ましいと思う気持ちは、いったいい何なのかを”視る”ことが大切なんだと思う。

じゃあ、

私の場合は、どうだったんだろう…

私の場合は、やっぱり自身がなかったから嫉妬した気がする。

だって、自分がどう”在りたい”といったものが、なかなかわからなかったから

だから、なんだか、人気のある女の子や、わかりやすいものや、人から承認されそうなもの

に嫉妬し、惹かれていったし、手に入れたかったように思う。

でも、本当は、何かが特別に欲しかったんじゃないんだと思う。

だって、特別に欲しいと思えるものなんて何も見つけられない人生だったんだから。

ただ単に

わからない自分が嫌だっただけ。

わからない自分が不安で不安で仕方が無かっただけ。

怖かっただけなんだと思う。

”知る”ことに囚われてしまっただけなんだと思う。
 






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【自分探しばかりをしているあなたへ】




最後までお読み下さいありがとうございます。

あらためまして陽万里です。

このブログは、




◆自分が何者なのかわからない

◆無価値感が強い

◆承認欲求が強い

◆人の目が気になる

◆勝ち負けばかり気にしてしまう




といった、”自分”というものに囚われてしまっている方に向けたブログになります。




かくいう私自身も、かつては上記と同じような心の状態の人間でした。

きっかけは、いじめでした。




学生時代に受けた、いじめは、

”価値のない人間”というの烙印を私に押しつけました。

あの日以来、”価値のある自分”を取り戻すために

私は必死に自分を追いかけだしたのだと思います。




自分らしく生きる、

本当の自分を手にする、

あるがままの私を生きる。




そんな巷に溢れかえっている”自分探し”のうたい文句に翻弄されながら。。。




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