陽万里の自己紹介(プロフィール)

 

 

こんにちは。陽万里です。

当ブログにようこそ。

 

 

まずは、自己紹介からさせていただきますね。

 

 

私の生まれは京都になりまして、

育ちも京都の生粋の京都人です。

 

 

ただ、京都といっても割と田舎のほうに住んでいますので

自然に囲まれたところで日々のんびりと生きています。

 

 

と、今となっては、平穏な心で生きている私も

10代から20代にかけては、常に心が不安定な時期がありました。

 

 

きっかけは、小学生時代に受けた、いじめが原因です。

 

 

 

価値の世界で負けたわたし

 

いじめの世界、それは言ってみれば

人が人につける価値の世界です。

 

 

そうして、私はその世界で負けたのです。

 

 

ある日を境に、私の存在は教室内において

嫌悪の塊といった存在となり、

価値のない存在として扱われることになりました。

 

 

私は、ものすごく人間というものが怖くなりました。

それと同時に、今まで見過ごすことのできた

教室内で起こる小さな違和感を無視することができなくなっていきました。

 

 

それまでは、なんとなく無視することができていた

トイレに行くための友達や

お弁当を食べるための友達

 

 

そういったものに、強い違和感を覚えるようになったのです。

 

 

 

わたしはわたしとして生きたい

 

 

トイレに行くための友達や

お弁当を食べるための友達

 

 

なぜか、それらは、いつも破られることのない規律のように存在している。

 

 

そうして、学校の教室内というものは、

このようなものが多くちりばめられている世界です。

 

 

そうして、クラスメイト達はさも当然のごとく

この規律に順応していく。

ですが、一見当然のような顔をしているクラスメイト達も

きちんと知っているのです。

 

 

この規律を守らないと面倒なことになるということを。

 

 

クラスメイト達はその事をよくよく熟知したうえで

教室内での人間関係を”うまく”構築していくのです。

その”うまい”人間関係は私にある種の恐れを抱かせるものがあります。

でも、私が恐れているのは、この教室内での人間関係だけでは決してありません。

 

 

私が最も、危惧していること…

それは、このような世界がこの教室内だけでとどまるのではなく

おそらく学校を卒業してからも永遠と続いていくように思えてしまうことなのです。

 

 

だって、学校は社会の模倣です。

きっと、社会に出てからも、人を変え、形を変え

このようなものは生まれ続けるのです

 

 

どうでもいい人間関係

そうしてそれらが作り上げる

どうでもいい価値観

 

 

でも、私はこういったものが、苦手な人間なのです。

 

 

私は自らの存在をこのようなものに飲み込まれることなく

わたしはわたしとして生きたい

という思いが強いのです。

 

 

そんな思いに駆られた私は

どのように生きれば

わたしはわたしとして生きられるのだろう

と常に考えていたように思います。

 

 

そうして、ついには

自分探しというものに手を出したのです。

 

 

 

自分探しの世界は魅力的だった

 

 

自分探しの世界…

 

 

それは、とても魅力的な表現で描かれています。

 

 

自分らしく生きる

本当の自分を手にする

あるがままの自分を生きる

 

 

これらの言葉は、

教室内の空気に圧迫感を感じていた

私の心にものすごく響きました。

 

 

私は自分探しの世界に没頭しました。

 

 

あのいじめ以来、人の顔色をうかがうことの多かった私は

きっと、本来の自分を取り戻したら

私はもう人の顔色をうかがわずに、のびのびと生きられるはず

そんな風に思ったのです。

 

 

もうこれからは人の顔色をうかがわずに本来の自分が望むようなものを

自分に与えてあげよう

 

 

それからといった私は色々なものを手にしていったように思います。

 

 

 

恋愛、資格、可愛らしいバックや靴、海外有名ブランドの化粧品

といったものはもとより

 

 

ときには

やさしい人柄といったものまで手にしていったように思います。

 

 

そういったものたちは、最初は私をとても楽しませてくれました。

 

 

ですが、不思議とその思いは長くは続かないのです。

 

 

おかしい?

たしかに私は自分の気持ちを大切にして

好きなものを選んでいるはずなのに。

 

 

それどころか、最初は魅力的に思えたそれらは

必死に追いかければ追いかけるほど

私に飢餓感を与え、心を不安定にしていくのです。

 

 

でも、私にはわからないのです。

いったい、何が間違えているのかが?

 

 

 

自分探しにさようなら

 

 

昨今、流行りの雑誌や、ネットの世界でも

もてはやされている

 

 

自分らしく生きる

本当の自分を手にする

あるがままの自分を生きる

といった生き方。

 

 

でも、これらの自分探しの手法では私は救われることはありませんでした。

 

 

あなたは、どうですか?

 

 

もしも、あなたが、かつての私のように

自分探しにとりつかれ、

自分をひたすら追うように生きているのなら

そろそろ、”自分探しにさようなら”をする時が来ているのかもしれませんね。

 

 

それにはちょっとしたコツがいるのですが、

そのコツはブログ内にてお教えしますね。

 

 

もしかすると、

あなたが今必死になって探している

”本当の私”というものから解き放たれたとき…

そのときにやっと

あなたが真に探していた大切な何かが見つかるのかもしれません。

 

 

では、ブログ内にてお会いしましょう。

 

 

陽万里